犬山城の三の丸と東谷曲輪(ひがしたにくるわ)の間に仕切るように建てられていたのが清水門です。
堂々とした高麗門で、風格がにじみ出ていました!
犬山城・清水門(しみずもん)-三の丸と東谷曲輪を仕切る門で、いまの橋の辺りにあった!
犬山城の大手門から北進し、松の丸にぶつかったところを右に曲がります。
松の丸外周の内堀に沿って坂を下ると外堀にぶつかりますが、それを左に曲がると清水門がありました。
清水門は、三の丸と東谷曲輪との境目にある門で、それらを仕切っていました。
三の丸から東谷曲輪へ行こうと思ったら清水門を通らなければいけないのです。
清水門の先は東谷曲輪で、そこには犬山城の搦め手にあたる内田門がありました。
つまり、松の丸や本丸から避難する人々を守るという役割もあったのですね。
清水門の様式は詳しくはわかりませんが、高麗門だったと考えられています。
現況は明治に掘削された川と道路になっており、遺構は残っていません。
まとめ
三の丸から東谷曲輪への侵入を阻んでいるのが清水門ということですね。
それと、犬山城の門については、コチラの記事でまとめています。
ご参考にどうぞ。
ということで、門一つ一つに意味がある、犬山城でした。
じゃあね🖐️
2019年03月28日
犬山城マイスター!たかまる。